章4-第10

章4-第10

 

聴:

 

 

娘ギツネの恩返し

 

むかしむかし、山形県のある村に、熊蔵(くまぞう)と男がいました。

 ある年の暮れ、熊蔵が町でお正月料理の魚や昆布を買った帰り道、林の中から美しい娘が飛び出して来て言いました。
「わたしは、この林に住むキツネの娘です。
 母親が病気で死にそうなので、その魚を一匹、どうかめぐんでくださりませんか?」
 キツネと聞いてびっくりしましたが、心優しい熊蔵は背負っていた新巻鮭を取り出すと、
「こんな物しかないが、病気のお母さんに食べさせてあげなさい」
と、その新巻鮭を娘にやりました。
「ありがとうございます。
 このご恩は、必ずお返しします。
 正月の五日の夕方に、またここへいらしてください」
 娘はそう言うと、林の中へ消えていきました。

 さて、約束の一月五日の夕方、熊蔵がキツネの娘と出会ったところへ行くと、娘が美しい身なりで現れて、何度も頭を下げながら熊蔵に母ギツネの病気がよくなった事を伝えました。
 そして、
「わたしは、このまま人間の娘の姿でおりますから、三年間だけ、どこかのお店で働かせてください。
 わたしを売ったお金は、熊蔵さんに全部差し上げますから」
と、言うのです。
 しかし熊蔵は、首を横に振って言いました。
「いいや、魚一匹ぐらいで、そんな事をしてもらうわけにはいかないよ。恩返しはいいから、母のところへお帰りなさい」
「いいえ。受けたご恩を返さなければ、私は母にしかられます。
 どうかお願いです。
 わたしをどこかのお店で」
「しかし・・・」
「お願いです」
 娘が何度も何度も言うので、熊蔵は娘を町の大きな料理屋へ連れて行きました。
 すると料理屋の主人は、その娘の美しさにびっくりです。
 そこで主人は、十両で娘をやとってくれました。

 それからしばらくたったある日、その料理屋に大阪から商人がやって来たのですが、美しい娘を一目見るなり言いました。
「実は、大阪の大金持ちの一人息子が、大暴れをして困っておるそうだ。
 この美しい娘がおれば、一人息子の気もおさまるだろう。
 どうかわたしと一緒に、大阪へ来て欲しい」
 そして商人は料理やの主人に百二十両の大金を支払って、娘を大阪へ連れて行きました。

 さて、大阪に大金持ちの家にやって来た娘は、一人息子を一目見ると家の人たちに言いました。
「息子さんの病気を、治してさしあげます。ですから、息子さんと二人だけにしてください」
 そして娘は息子と二人で蔵の中に入ると、息子をキッとにらみつけて言いました。
「さあ、お前の正体はわかっているよ! いったい、どこのキツネがついているんだい!」
 すると息子は、おどおどながら言いました。
「こっ、ここの庭にまつられている、稲荷です」
「ふーん。しかし、家にまつられている神が、なぜその家の人たちを苦しめるんだい」
「はっ、はい。実はこの家はケチで、供え物が少ないんです。
 それで頭にきて屋敷のニワトリを食ったら、家の人に煮え湯をかけられて殺されました。
 だから死神のキツネになって、息子に取りついて、死ぬまで苦しめてやる事にしたのです」
「そうかい。じゃあ、わたしが家の主人に言って、お供え物を増やしてもらうから、もう悪さをするんじゃないよ」
「はっ、はい。お願いします」 
 さっそく娘は屋敷の主人にこの話をして、お供え物を増やしてもらいました。
 するととたんに、息子は元のやさしい若者に戻ったのです。
「おおっ、息子が元に戻った。ありがとう。本当にありがとう」
 主人はとても喜んで、お礼に千両という大金をくれました。
 それから娘は主人が用意してくれた立派なかごにのって故郷に帰り、熊蔵にたくさんのお礼をしたそうです。


 

おしまい

 

ふりがな

 

聴: 

 

 

娘ギツネの恩返し

 

むかしむかし、山形やまがた県けんのある村むらに、熊蔵くまぞう(くまぞう)と男おとこがいました。
 ある
年としの暮くれ、熊蔵くまぞうが町まちでお正月しょうがつ料理りょうりの魚さかなや昆布こぶを買かった帰かえり道みち、林はやしの中なかから美うつくしい娘むすめが飛とび出だして来きて言いいました。
「わたしは、この
林はやしに住すむキツネの娘むすめです。
 
母親ははおやが病気びょうきで死しにそうなので、その魚さかなを一いち匹ひき、どうかめぐんでくださりませんか?」
 キツネと
聞きいてびっくりしましたが、心こころ優やさしい熊蔵くまぞうは背負せおっていた新巻あらまき鮭さけを取とり出だすと、
「こんな
物ぶつしかないが、病気びょうきのお母かあさんに食たべさせてあげなさい」
と、その
新巻あらまき鮭さけを娘むすめにやりました。
「ありがとうございます。
 このご
恩おんは、必かならずお返かえしします。
 
正月しょうがつの五ご日にちの夕方ゆうがたに、またここへいらしてください」
 
娘むすめはそう言いうと、林はやしの中なかへ消きえていきました。

 さて、
約束やくそくの一いち月がつ五ご日にちの夕方ゆうがた、熊蔵くまぞうがキツネの娘むすめと出会であったところへ行いくと、娘むすめが美うつくしい身みなりで現あらわれて、何なん度ども頭あたまを下さげながら熊蔵くまぞうに母ははギツネの病気びょうきがよくなった事ことを伝つたえました。
 そして、
「わたしは、このまま
人間にんげんの娘むすめの姿すがたでおりますから、三さん年間ねんかんだけ、どこかのお店みせで働はたらかせてください。
 わたしを
売うったお金かねは、熊蔵くまぞうさんに全部ぜんぶ差さし上あげますから」
と、
言いうのです。
 しかし
熊蔵くまぞうは、首くびを横よこに振ふって言いいました。
「いいや、
魚さかな一いち匹ひきぐらいで、そんな事ことをしてもらうわけにはいかないよ。恩返おんがえしはいいから、母ははのところへお帰かえりなさい」
「いいえ。
受うけたご恩おんを返かえさなければ、私わたしは母ははにしかられます。
 どうかお
願ねがいです。
 わたしをどこかのお
店みせで」
「しかし・・・」
「お
願ねがいです」
 
娘むすめが何なん度ども何なん度ども言いうので、熊蔵くまぞうは娘むすめを町まちの大おおきな料理りょうり屋やへ連つれて行いきました。
 すると
料理りょうり屋やの主人しゅじんは、その娘むすめの美うつくしさにびっくりです。
 そこで
主人しゅじんは、十両じゅうりょうで娘むすめをやとってくれました。

 それからしばらくたったある
日ひ、その料理りょうり屋やに大阪おおさかから商人しょうにんがやって来きたのですが、美うつくしい娘むすめを一目いちもく見みるなり言いいました。
「
実じつは、大阪おおさかの大金持おおがねもちの一いち人にん息子むすこが、大だい暴あばれをして困こまっておるそうだ。
 この
美うつくしい娘むすめがおれば、一いち人にん息子むすこの気きもおさまるだろう。
 どうかわたしと
一緒いっしょに、大阪おおさかへ来きて欲ほしい」
 そして
商人しょうにんは料理りょうりやの主人しゅじんに百ひゃく二に十じゅう両りょうの大金たいきんを支払しはらって、娘むすめを大阪おおさかへ連つれて行いきました。

 さて、
大阪おおさかに大金持おおがねもちの家いえにやって来きた娘むすめは、一いち人にん息子むすこを一目いちもく見みると家いえの人ひとたちに言いいました。
「
息子むすこさんの病気びょうきを、治なおしてさしあげます。ですから、息子むすこさんと二に人にんだけにしてください」
 そして
娘むすめは息子むすこと二に人にんで蔵ぞうの中なかに入はいると、息子むすこをキッとにらみつけて言いいました。
「さあ、お
前まえの正体しょうたいはわかっているよ! いったい、どこのキツネがついているんだい!」
 すると
息子むすこは、おどおどながら言いいました。
「こっ、ここの
庭にわにまつられている、稲荷いなりです」
「ふーん。しかし、
家いえにまつられている神かみが、なぜその家いえの人ひとたちを苦くるしめるんだい」
「はっ、はい。
実じつはこの家いえはケチで、供そなえ物ものが少すくないんです。
 それで
頭あたまにきて屋敷やしきのニワトリを食くったら、家いえの人ひとに煮にえ湯ゆをかけられて殺ころされました。
 だから
死神しにがみのキツネになって、息子むすこに取とりついて、死しぬまで苦くるしめてやる事ことにしたのです」
「そうかい。じゃあ、わたしが
家いえの主人しゅじんに言いって、お供そなえ物ものを増ふやしてもらうから、もう悪わるさをするんじゃないよ」
「はっ、はい。お
願ねがいします」 
 さっそく
娘むすめは屋敷やしきの主人しゅじんにこの話はなしをして、お供そなえ物ものを増ふやしてもらいました。
 するととたんに、
息子むすこは元もとのやさしい若者わかものに戻もどったのです。
「おおっ、
息子むすこが元もとに戻もどった。ありがとう。本当ほんとうにありがとう」
 
主人しゅじんはとても喜よろこんで、お礼れいに千せん両りょうという大金たいきんをくれました。
 それから
娘むすめは主人しゅじんが用意よういしてくれた立派りっぱなかごにのって故郷こきょうに帰かえり、熊蔵くまぞうにたくさんのお礼れいをしたそうです。

 

おしまい

 
 

 
 
 
 
 
 
 
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